ソフトウェア開発費の見積り、プロジェクトマネジメント、
発注者と受注者の間の合意形成等に参考となる情報を不定期に掲載していきます。
誤解しやすい統計用語と分析手法 第3回
回帰分析は「予測の魔法」ではありません
2026.07.30
著者:
一般財団法人経済調査会 押野 智樹
第3回は、特に誤解しやすい3つの統計的概念を取り上げ、実務での注意点を整理します。
■ 「とりあえず正規分布」への過信
第2回でも述べたとおり、統計分析では正規分布が前提として使われる場面が多くあります。しかし、実データが常に正規分布に従うわけではありません。社会調査のデータはしばしば歪みや裾の長さを示し、ビジネスデータでは売上の偏りや顧客行動のばらつきなど、非対称性が強く表れます。
特にソフトウェア関連のデータは、正規分布から大きく外れることが一般的です。
平均値と標準偏差だけで議論を進めると、分布の形状が見えず、極端値の影響を過小評価する危険があります。
実務では、以下のような方法で分布を可視化するだけで、誤った前提に基づく判断を大きく減らすことができます。
・ヒストグラムや QQプロット※1でまず分布を“見る”
・正規性が疑わしい場合はノンパラメトリック手法※2も検討する
・「平均 ± 2σ で 95%」といった機械的な判断は避ける
※1 データの分布が、正規分布にどれだけ近いかを確認するための図。
※2 データの分布に特定の仮定を置かず、順位や順序情報に基づいて解析を行う統計手法。
■ 回帰分析は「予測の魔法」ではない
回帰分析は便利な道具ですが、万能ではありません。特に、外れ値 と 外挿※3 に弱いという性質があります。
決定係数が高いと安心しがちですが、これはあくまで「手元のデータへの当てはまりの良さ」を示す指標であり、将来予測の精度を保証するものではありません。データの範囲を超えた回帰式の適用は危険で、現実の変化を捉えられないことが多いのです。
また、回帰分析において特に重要なのは 「近似曲線の選択」 です。Excel による回帰分析の基本手順は以下のとおりで、Excelのデフォルトは線形近似ですが、散布図で直線的傾向が見られないのに線形近似を選ぶと、結果が大きく歪みます。
①データの準備
②散布図の作成
③近似曲線の選択
④各種設定(X・Y 範囲、回帰式、決定係数 R² の表示など)
実際、ソフトウェア開発データの分析では、「累乗近似」を選択するケースが多くあります。どの近似を選ぶかはユーザーの責任であることを忘れてはいけません。
※3 データの範囲を超えて予測すること。
実務では、以下の点に留意して、回帰分析は「未来を当てる道具」ではなく、「関係性を整理する道具」と捉えることが重要です。
・ データ生成過程(どのようにデータが生まれたか)を理解する
・ 「近似曲線」を適切に設定する
・ 因果関係を検討し、単なる相関に依存しない

■ 「統計的に正しい」=「正しい結論」ではない
統計処理を施した結果は一見客観的に見えます。しかし、統計はあくまで道具であり、設計が誤っていれば結論も誤ります。また、上流の問題設定・データ収集・仮定が壊れていれば、結論も誤ったものになります。
例えば、アンケートの母集団が偏っていれば、どれほど精緻な分析をしても結果は偏ったままです。仮定が現実と合っていないモデルも同様です。
統計的な“正しさ”は、結論の“正しさ”を保証しません。むしろ、前提を丁寧に扱う姿勢こそが、意思決定の質を高めます。実務では、以下の点に配慮して分析することが重要です。
・ データの取得方法・対象範囲を確認する
・ 仮定が現実に合っているかを常に点検する
・ 結果だけでなく、前提・設計・制約をセットで説明する
■ まとめ
・ 実データは必ずしも正規分布に従わないため、平均値と標準偏差だけで議論を進めると、分布の形状が見えず、極端値の影響を過小評価する危険があります。
・ 回帰分析は外れ値や外挿に弱く、決定係数が高いことは将来予測の精度を保証するものではありません。回帰分析の実施時、「近似曲線を適切に選択する」ことが特に重要です。
・ 統計は道具にすぎず、「前提や設計が誤っていれば結論も誤ります」。
※このコラムは今回が最終回です。本コラムへのご意見・ご感想はこちらへお願いいたします。
1986年、経済調査会入会。2001年から情報サービス関連の調査業務に従事。同時にソフトウェア開発プロジェクトデータを毎年収集し分析を実施。「ソフトウェア開発データリポジトリの分析」では編集の中心的役割を担う。配属以来、一貫してコストを中心としたソフトウェアメトリクスに関する研究に取り組む。専門統計調査士。