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なぜ今アジャイルなのか

アジャイルの現在地 ー ITを超えて広がる思考様式

2025.05.29

著者:

株式会社MSOL Digital Agile and Consulting Service Department 鈴木 康一郎

「アジャイルって、ITやソフトウェア開発の話でしょ?」
そう思われていた時代は、すでに過去のものである。2025年現在、アジャイルはIT領域にとどまらず、製造、医療、営業、マーケティング、コーポレート部門など、さまざまな業種・職種に広がっている。
「アジャイル=手法」ととらえると、なぜこれほどまでに広がったのか不思議に感じるかもしれない。しかし、その本質を「思考様式=マインドセット」としてとらえるならば、この広がりはむしろ自然な進化といえる。
このコラムでは、アジャイルの“今”を再定義し、その本質に迫る。

<非IT領域でも進むアジャイル導入>
アジャイルの原点は、2001年にソフトウェア開発者たちがまとめた「アジャイルマニフェスト」である。そこに掲げられた価値観 「変化への対応」「顧客との対話」「自己組織化するチーム」は、特定の業種に限定されるものではない。
たとえば、ある企業の営業部門では、属人的に蓄積されていた知識やノウハウを、部門全体で共有・活用できるようにする仕組みとして、アジャイルを導入している。また、ある企業の人事(HR)部門では、2週間サイクルのスプリントを取り入れ、目標達成に向けた計画と振り返りを繰り返すことで成果を出している。
共通するのは、変化が激しく正解が見えにくい現代において、従来のトップダウン型・計画主義だけでは対応しきれなくなっているという現実である。だからこそ、「まずやってみる」「失敗しながら学ぶ」といったアジャイル的アプローチが、非IT領域でも求められているのだ。

<フレームワークではなく「思考様式」としてのアジャイル>
では、アジャイルとは結局何なのか。多くの人が最初に出会うのは、「スクラム」や「カンバン」などのフレームワークかもしれない。しかし、それらはあくまで「手段」にすぎず、「本質」ではない。
アジャイルの本質は、以下のような思考や価値観にある。
 ● 完璧な計画よりも、素早く動いて学ぶことを重視する
 ● フィードバックを通じてチームで進化する
 ● 目の前の仕様ではなく、本当に解決すべき課題に目を向ける
 ● 顧客や現場との対話を重視する
つまり、アジャイルとは「どうやって価値を生み出すのか」という問いに対する、柔軟で協調的なスタンスである。それゆえ、業種や職種を問わず、多くの組織に求められている。
「アジャイルを導入したのに成果が出ない」と悩む現場の多くは、フレームワークの形式にとらわれすぎて、アジャイルな思考様式の醸成に失敗している。

<実践のための小さな一歩>
とはいえ、「アジャイルな組織文化をつくろう」といきなり言われても戸惑う人が多いだろう。そこで有効なのが、「小さく試す」ことから始めるアプローチである。
たとえば、次のような問いを自らの組織に投げかけてみてはどうか。
 ● 自分たちは誰に、どのような価値を届けようとしているのか
 ● それをより早く、確実に届けるにはどうすればよいか
 ● フィードバックを得る仕組みはあるか
 ● 失敗から改善し、次に活かすサイクルを回せているか
週に1回の振り返りや小さな仮説検証、KPIではなく学習の質に重きを置いた対話など、アジャイルな思考様式は日常の行動から実践できる。
アジャイルとは、大きな制度改革から始まるのではなく、現場の小さな積み重ねによって文化が変わっていくものなのだ。

<アジャイルは誰にでも向いている基本姿勢>
2025年現在、アジャイルは「どこでも使える銀の弾丸」ではなく、「誰にでも向いている基本姿勢」として再定義されつつある。
すべての組織、すべての人がアジャイルである必要はない。しかし、「変化の中でどうすれば価値を届けられるか」という問いを持つ人にとって、アジャイルな思考様式は強力な武器となる。
変化が激しく、誰もが正解を持ち得ない時代において、一人ひとりがアジャイルに考える力を持つことは、仕事の質や生産性だけでなく、組織やチームの関係性や自律性にも良い影響を与える。
正解を押しつけるのではなく、仮説と対話を通じて学び合う文化を持つ組織は、変化に柔軟に対応しながら、持続的に価値を生み出すことができる。
アジャイルは「型」ではなく「問いかけ」から始まる。たとえば、
「この会議は本当に必要か?」「この資料は誰のためのものか?」「この機能は顧客にとってどのような価値があるか?」
こうした問いを日々の業務に差し込むだけでも、アジャイルは静かに息づき始める。
しかし現実にはこうした問いが形式に埋もれ、形だけが先行する場面も少なくない。

次回は、広がりすぎたフレームワークとどう向き合うべきか、「原点回帰」の視点から探っていく。

コラムの著者
株式会社MSOL Digital Agile and Consulting Service Department
鈴木 康一郎(すずき こういちろう)

MSOLグループで独自開発のアジャイル研修コンテンツの設計・作成リード、社内向けアジャイル事例記事の作成・展開、社内向けアジャイル研修の講師を担当している。Agile Japan 2024にも登壇しアジャイルの普及を推進している。

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