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誤用されがちな統計用語

第1回 母数やサンプル数の使い方を間違っていませんか

2026.07.02

著者:

一般財団法人経済調査会 押野 智樹

 統計は、調査や分析の現場で日常的に用いられる基本的な道具です。しかし、用語の理解が曖昧なまま議論が進むと、意思決定そのものが誤った方向へ向かう恐れがあります。特に「サンプル数」「母数」「平均」「相関」といった基礎用語ほど、実務では誤用されやすい傾向があります。
 本連載では、専門統計調査士の視点から、統計の基礎概念のうち誤解が多いものを取り上げ、実務で注意すべきポイントを整理します。
 第1回は、もっとも混同されやすい「サンプル数・母数・母集団」に加え、代表値や相関に関する典型的な誤解について解説します。

※専門統計調査士:統計調査の企画・設計から実査、集計・分析、データ利活用までを体系的に理解していることを証明する専門資格。日本統計学会が認定し、統計質保証推進協会が試験を実施している。

■ サンプル数・母数・母集団の混同が生む誤解
 調査の打合せで「サンプル数が100人で、その中からアンケートする」「母数が小さいので統計的に弱い」という表現を耳にすることがあります。しかし、これは正確ではありません。統計の教科書にもあるとおり、「サンプルサイズ」が標本の大きさであり、「母数」は母集団に固有の値(母平均 μ、母分散 σ²など)です。まれに専門書籍でも「サンプル数」を誤用している例がありますが、望ましい使い方とは言えません。
 統計の議論で重要なのは、次の用語を明確に区別することです。

サンプルサイズに関連する統計用語の定義

 
 例えば「全国の18歳以上の有権者」を対象にした調査で、実際に回答したのが1,000人であれば、母集団は全国の有権者、サンプルは回答者1,000人、サンプルサイズは1,000になります。
 一方、「母数」は母集団の真の平均や真の分散といった母集団の性質を表し、多くは「未知の値」を指します。例えば、「日本人全員の平均身長」は「母数」であり、実際には全員の身長を測定できないため「未知の値」です。
 「母数」は人数ではないため、「母数が小さいので統計的に弱い」という表現は誤りで、正しくは「母集団サイズが小さい」と言うべきです。
 この混同は、調査設計や分析結果の解釈に影響します。特に報道や公表されている資料でも「サンプル数」という言葉が曖昧に使われがちですが、実務者は正確な用語を使うことで、議論の前提を揃えることができます。

サンプル数の致命的な誤用の例


■ 平均は「代表値の一つ」にすぎない
 次は、平均の扱いについてです。平均には加重平均・幾何平均・調和平均などもありますが、一般的に多く利用されている平均は算術平均です。本稿における平均も算術平均を指します。
 平均は便利な指標ですが、万能ではありません。所得、ソフトウェア開発工数、バグ件数など、実務で扱う多くのデータは正規分布ではなく、右に長い裾を持つ歪んだ分布になることが少なくありません。平均は、分布の形(歪度や外れ値)の影響を強く受けます。そのため、平均値だけを見て「平均的な人は〜である」と表現すると、実態を誤って伝える可能性があります。
 平均身長や平均体重の人がほとんど存在しないように、平均は必ずしも“典型的な値”を示すわけではありません。実務では、平均値の他に次の指標を併用することが望ましいです。

 ・中央値(median):外れ値の影響を受けにくい
 ・最頻値(mode):もっとも頻度の高い値

 特にソフトウェア開発工数や開発規模の分析では、中央値の方が現場の実感に近いことが多くあります。平均値だけで議論すると、外れ値に引きずられた「実態とかけ離れた結論」が生まれやすくなる点に注意が必要です。

■ 相関関係と因果関係はまったく別物
 三つ目は、相関と因果の混同です。実務で最も危険な誤解の一つと言えます。
 よくある誤解に「AとBに相関がある → AがBの原因である」という短絡的な推論があります。しかし、相関とは「2つの変数が同時に変動する傾向」であり、因果とは「一方が他方を生じさせる関係」です。両者はまったく異なる概念です。確かに、因果関係がある場合には相関が強くなることが多いですが、その逆は成り立ちません。
 相関を因果と誤解すると、次のような誤った意思決定が起こり得ます。

 ・売上と広告費に相関がある → 広告費を増やせば必ず売上が伸びる
 ・従業員満足度と業績に相関がある → 満足度を上げれば業績が改善する

 しかし、これらは因果を示すものではありません。第三の変数(交絡因子)が影響している可能性や、逆因果(売上が伸びたから広告費を増やした)といった別の説明も考えられます。
 また、花火の売上とアイスの売上のように、相関があっても因果ではない「疑似相関」も存在します。相関係数は便利な指標ですが、因果を説明する責任は負わないことを理解しておく必要があります。

■ まとめ
 本稿では、統計の基本用語のうち誤用されやすい三つのテーマを取り上げました。

 ・サンプル数・母数・母集団の混同は、調査設計の前提を誤らせる
 ・平均は代表値の一つであり、歪んだ分布では中央値の方が有用なことが多い
 ・相関は因果ではなく、意思決定に使う際は慎重な検討が必要である

 統計は計算ではなく言語です。用語の理解が曖昧なままでは、分析結果の解釈や意思決定を誤ることがあります。次回は「有意差」「p値」「標準偏差」など、実務で頻繁に使われる指標の誤解について整理します。

※このコラムは全3回を予定しています。

コラムの著者
一般財団法人経済調査会
押野 智樹(おしの ともき)

1986年、経済調査会入会。2001年から情報サービス関連の調査業務に従事。同時にソフトウェア開発プロジェクトデータを毎年収集し分析を実施。「ソフトウェア開発データリポジトリの分析」では編集の中心的役割を担う。配属以来、一貫してコストを中心としたソフトウェアメトリクスに関する研究に取り組む。専門統計調査士。

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