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生成AIが拓くデジタル経営
第8回 業務システムへの生成AI組み込み戦略
2026.02.05
著者:
株式会社VIVINKO 代表取締役 井上 研一
この連載もついに最終回となりました。今回は、これまでの内容を振り返りつつ「業務システムへの生成AI組み込み」による真の効率化を考えます。目指すのは「意識せずにAIを使っている」状態を作ることです。
■データ基盤整備に関する振り返り
第6回では、AI活用の段階的なアプローチとして3つのステップを示しました。第1段階は「ファイルアップロード」、第2段階は「定型業務への部分的なAI組み込み」、そして第3段階が「AIエージェントによる本格活用」です。

前回(第7回)、取り上げた顧客対応のチャットボットは、この第2段階の代表的な活用例でした。今回は、同じ第2段階における「業務システムへの組み込み」の実践事例を紹介し、さらにその先の第3段階へ進むための準備について考えていきます。
■業務システム組み込みの実例
業務システムに生成AIを組み込むと何ができるのか、弊社のお客様事例で説明します。
(事例1)メール返信文の下書き自動作成
ある不動産会社では、各物件紹介サイトからの顧客問い合わせを一元管理するシステムが導入済みでした。このシステムにAIが生成した返信メール文案を表示する機能を追加しました。
営業担当者は、AIが生成した文案をコピー&ペーストし、内容を確認・変更後に送信します。戸建・マンション・土地、投資物件、売却など、問い合わせ内容に応じたサンプル文例をもとに、生成AIが自動でメール返信文の下書きを作成します。
この仕組みにより、返信文作成時間の短縮と品質の平準化を実現しました。プロンプトはシステムに組み込まれているため、各担当者のプロンプトエンジニアリングのスキルを問いませんし、業務システムとChatGPTなどの間で画面の行き来をする必要もありません。
(事例2)物件紹介文のリライト

別の不動産会社では、自社取り扱い物件の紹介をコンセプトに合わせた複数の自社メディアで展開しており、同じ物件を複数のメディアで紹介する場合、それぞれ紹介文を書き分ける必要がありました。
そこで、既存の物件管理システムに紹介文のリライト機能を組み込みました。AIがコンセプトに応じて紹介文を自動生成し、同時に業界特有の禁止用語のチェックも行います。プロンプトで生成ルールを一元管理することで、誰でも同じ品質での文章生成が可能になりました。
紹介文作成の効率化だけでなく、品質の平準化も実現し、コンプライアンスリスクも低減できています。
(事例3)クレーム報告書作成のナビゲーション
食品製造を営む企業では、製造した米飯やパンへのクレーム(焦げがあった等)で顧客に提出する報告書の作成にAIを活用しています。
過去の報告事例データをもとに、AIが原因・調査状況・今後の対策などの質問を行い、担当者が回答することで報告書を作成できるシステムを構築しました。AIがやっていることは、あくまで報告書作成業務のナビゲーションと最終的な文章作成です。過去事例を参照して、やるべき調査や、報告するべき項目を明示しますが、その調査結果や報告内容は人間が回答し、最終的に生成された文章も人間がチェックする必要があります。
このAIによるナビゲーションによって、文書作成にかかる時間は1時間から10分程度に短縮できました。また、責任者でなくても報告書を作成することが可能になり、責任者は確認作業の実施だけで良くなったのです。
■共通点の整理
これらの事例に共通するのは、業務フロー内でのAIの自動実行により「使おうとしなくてもAIを使っている」状態を作り出していることです。また、プロンプトの共通化による品質平準化、AIによる業務遂行に人間が介入するHuman In The Loop(HITL)が組み込まれています。
いずれも第6回で述べた「第2段階」での活用例であり、特定の業務に対してAIを組み込み、手動トリガー型で人間が必要に応じてAIを呼び出す形の活用です。
■データ基盤整備が前提条件
この第2段階での活用においても、それが成立する背景には、必要な情報にAIがアクセスできる環境が整っていることがあります。事例1・2では、問い合わせ内容や物件情報、サンプル文例といった情報をAIに引き渡す処理がシステムによって自動化されています。事例3では、過去の報告事例データを整理し、AIからエージェント的にアクセスできるデータベース(RAG)を構築しています。
Microsoft 365やGoogle Workspaceといったクラウドスイートは今後、AI機能の組み込みが本格的に進むでしょう。メールやチャットの履歴、過去の提案書など、組織に蓄積されたあらゆる情報にAIがアクセスでき、「会社の文脈を知っているAI」として機能するようになります。
データ基盤の整備こそがAI活用における本質的な分水嶺なのです。何をもってデータ基盤とするかはいろいろな考え方がありますが、中小企業においては、クラウドスイートがそれにあたるというのが現実的な解でしょう。
■AIエージェント時代への準備
第6回で述べた「第3段階」では、さらに進んだ世界が待っています。先に述べた業務システム組み込みは、あくまで人が設計したフロー内でAIが指示どおりに動く段階です。次の段階では、AIが自律的に判断し、必要な情報を探索し、実行する世界へと進化します。
そのために必要なのは、まずはクラウドスイートでの情報蓄積です。あらゆるメール、チャット、ファイル、スケジュールを、権限管理を含めた適切なデータ基盤として整備し、AIがそうした組織のナレッジにアクセスできる環境を整えます。
次に、業務プロセスの可視化が必要です。どこにAIを組み込むべきかを明確にし、業務フローの中でAIを組み込むポイントを設計します。
そして、ガバナンス体制の構築も必要です。これは第4回で取り上げました。人間がAIを使う際のルールを中心に説明しましたが、AIエージェント時代にはAIのデータアクセス権限をどうするか、という設計も重要になるでしょう。
ここまでの連載で一貫して強調してきたのは、技術より「設計」が成否を分けるということです。生成AI技術は急速に進化し、誰でも使えるものになりました。しかし、それを組織の成果につなげるには、データ基盤、ガバナンス、業務プロセスといった観点での設計が不可欠です。
AIを変革の原動力にするには「便利な検索ツール」ではなく「業務を設計し直す存在」として位置づけることです。最初の一歩は個人利用からとなるでしょう。しかし、常に組織的活用を視野に入れて考え続けることが重要です。この連載が、皆様のAI活用の一助となれば幸いです。
※このコラムは今回が最終回です。本コラムへのご意見・ご感想はこちらへお願いいたします。
ITコーディネータとして、2016年からAIを業務に組み込む活動を続けている。生成AI利活用クラウドサービス「Gen2Go」を開発・提供するほか、北九州市ロボット・DX推進センターで中小企業のDX支援に携わる。一般社団法人IT経営コンサルティング九州(ITC九州)の理事や、特定非営利活動法人ITコーディネータ協会生成AI研究会のリーダーも務める。