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生成AIが拓くデジタル経営

第6回 社内の知恵袋としてのAI活用~データ基盤が分ける未来

2026.01.08

著者:

株式会社VIVINKO 代表取締役 井上 研一

 前回はプロンプトエンジニアリングについて解説しました。少なくともユーザー側として、AI活用の技術的ハードルが下がっていますが、今回取り上げる「データ基盤」は、企業のAI活用における本質的な分水嶺になると考えています。

■見落とされがちな「情報へのアクセス性」
 前回、生成AIを「超優秀な新入社員」に喩えましたが、この新入社員が本当に力を発揮するには、必要な情報にアクセスできる環境が不可欠です。ところが、多くの中小企業からは情報が分散・孤立している実態が聞こえてきます。
 PCを買ったときに入っていた買い切り版のOfficeを使い、ファイルサーバーや個人PCに文書を保存し、メールはレンタルサーバーが提供しているメールサーバーでやり取りしている。この従来型の環境では、AIが社内情報にアクセスすることは困難です。結果として、AIは一般的な知識しか持たない「外部の専門家」に留まり、「社内の知恵袋」になれません。


■クラウドスイートがAI活用の基盤となる理由
 Google WorkspaceやMicrosoft 365といったクラウド型業務スイートは、単なるOfficeツールの置き換えではありません。これらは、AI活用の基盤として以下の優位性を持っています。
 まず、統合された検索可能なデータストアです。ドキュメント、スプレッドシート、メール、チャット履歴が一元管理され、横断的に検索できます。
 次に、API経由でのAIアクセスが可能です。Gemini for WorkspaceやMicrosoft CopilotといったネイティブなAI機能が、これらの情報に直接アクセスし、「あなたの会社の文脈を知っているAI」として機能します。
 さらに、権限管理とセキュリティが統合されています。誰がどの情報にアクセスできるかの管理を、AIに対する/AIからのアクセスにも適用できます。

■段階的なアプローチと現実的な選択
 では、クラウドスイートに移行していない企業がAI活用を諦めないといけないのでしょうか。最終的には移行の必要性があると思いますが、段階的なアプローチを採ることも可能です。
○第1段階「ファイルアップロード型ツールの活用」
 データ基盤が整っていなくても、NotebookLMや、ChatGPTのカスタムGPT(GPTs)やGeminiのGemを使い、必要な文書を都度アップロードすることでAI活用を始められます。特定のプロジェクトや部門単位で、必要な文書を集めて試すことから始めましょう。
○第2段階「定型業務への部分的なAI組み込み」
 メールの下書き作成、FAQ回答案の生成、社内問い合わせへの補助など、特定の定型業務にAIを組み込んでいきます。ファイルアップロード型も可能ですが、データ基盤が整備されていればAIに自動的にデータを使用させることもできます。この段階では、手動トリガー型、つまり人間が必要に応じてAIを呼び出す形での活用が中心です。次回、詳しく取り上げる「顧客対応自動型AI」は、この段階といえます。



■本格活用「AIエージェント構築への2つの道」
 さらに先の本格的なAI活用では、「業務フローの中でAIを使う」ことと「AIが業務フローを作る」ことが重要になります。
 クラウドスイート統合型のAIでは、生成AIとのチャットを中心としたAIアシスタント(Copilot/Gemini)に加えて、Microsoft Copilot StudioやGoogle Workspace StudioといったAIエージェント構築基盤も整いつつあります。これらの基盤では、RPAのようなフロー構築ツールの中でAIを呼び出せるだけでなく、そのフロー自体も自然言語での指示をもとにAIが生成できます。そうした機能が使えるのは、買い切り型のOfficeとの決定的な違いであり、クラウドスイート移行の本質的な価値です。
 一方、クラウドスイートを使わずに独自構築するアプローチもあります。例えば、n8nのようなワークフロー自動化ツールと、DifyのようなRAG/AIエージェント構築ツールを組み合わせることで、類似の機能を実現できます。ただし、この場合はデータ基盤の整備や運用体制の構築が別途必要になります。
 どちらを選ぶかは、既存のIT環境や投資方針によりますが、いずれかの道を選ぶ必要があるでしょう。なぜなら、AIエージェント活用は個人の工夫ではなく「業務の設計思想」に踏み込むからです。
 重要なのは、どのツールを使うかではありません。AIを「便利な検索ツール」として使い続けるのか、それとも「業務を設計し直す存在」として位置づけるのか。この連載の初回で述べた、AIを「変革の原動力」にできるかは、そこにかかっています。

■投資判断としての「今」
 クラウドスイート統合型のAIを活用するにせよ、独自のAIシステムを構築するにせよ、当然コストがかかります。クラウドスイート型においては、AI活用を本格的進めるには基本的なOffice機能の料金に追加費用が必要となることが多いのも事実です。
 しかし、AI活用の格差は急速に拡大しており、競争力の優劣への影響がさらに大きくなるのは間違いありません。「やるか、やらないか」ではなく、「いつやるか」の判断が求められています。
データ基盤の整備なしにAI活用を進めても、効果は限定的です。逆に、基盤さえ整えば、Copilot、Gemini、さらに独自のAIシステムまで、様々なAI活用の道が開けます。データ移行の計画、セキュリティ対策、従業員教育といった課題はありますが、それらは「乗り越えるべき課題」であり、「やらない理由」ではありません。
 AIツールの使い方を学ぶと同時に、AIがアクセスできるデータ基盤を整える。これが、AI活用を本質的に進めるための第一歩です。AI活用における最大の投資判断は、ツール選定ではなく「データにどう向き合うか」なのです。

 次回は、整備されたデータ基盤を前提に、顧客対応の自動化をどう実現するかを解説します。問い合わせ対応、提案書作成など、具体的な業務でのAI活用を見ていきましょう。

※このコラムは全8回を予定しています。

コラムの著者
株式会社VIVINKO 代表取締役
井上 研一(いのうえ けんいち)

ITコーディネータとして、2016年からAIを業務に組み込む活動を続けている。生成AI利活用クラウドサービス「Gen2Go」を開発・提供するほか、北九州市ロボット・DX推進センターで中小企業のDX支援に携わる。一般社団法人IT経営コンサルティング九州(ITC九州)の理事や、特定非営利活動法人ITコーディネータ協会生成AI研究会のリーダーも務める。

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