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なぜ、今アジャイルなのか
第2回 フレームワーク疲れのその先へ ― 原則への原点回帰
2025.06.12
著者:
株式会社MSOL Digital 鈴木 康一郎
「スクラムをやっているが、正直うまく回っていない」「SAFeを導入しているが、現場ではルールを守ることが目的になってしまっている」
こうした声を耳にすることは少なくない。
アジャイルフレームワークは本来、状況に応じて柔軟に使いこなすためのツールであるはずだった。しかし実際には、プロセスや役割に縛られ、形骸化してしまうケースが後を絶たない。
なぜこうした「フレームワーク疲れ」とも形容すべき現象が起きるのか。そして、そこから抜け出すにはどうすればよいのか。このコラムではアジャイルの原点に立ち返り、「なぜアジャイルなのか」という問いにあらためて向き合っていく。
<なぜフレームワーク疲れが起きるのか>
アジャイルを導入しようとする際、多くの組織は「まず枠組みを決める」ことから着手する。スクラム、SAFe、LeSS、Disciplined Agile…世の中には数多くの”正しそうな”フレームワークが存在し、それらを選び、適用することがスタートとなる。
だが、そこには見落とされがちな落とし穴がある。アジャイルフレームワークはあくまで「型」であり、「魂」ではない。
● デイリースクラムは実施しているが、意味のある会話がなされていない
● ふりかえりを毎回行っているが、改善アクションが形だけのものになっている
● PIプランニングを実施しているが、現場の実態に即していない目標が設定され、
かえって疲弊を招いている
これらはすべて、「プロセスを守ること」そのものが目的化してしまった結果である。いつの間にか「なぜやるのか」「誰のためにやるのか」といった本質的な問いが置き去りにされてしまう。
<アジャイルの原点とは何か>
では、アジャイルの原点とは何か。それは、2001年に発表された「アジャイルソフトウェア開発宣言」に端を発する次のような価値観である。
●プロセスやツールよりも個人との対話を
●包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを
●契約交渉よりも顧客との協調を
●計画に従うことよりも変化への対応を
ここで強調したいのは、すべてのフレームワークやプロセスは、こうした価値を実現するための「手段」にすぎないという点である。スクラムであれカンバンであれ、SAFeであれ、状況に応じて適応・進化させるべきである。
<軽量で適応可能なプロセスへ>
アジャイルの原点に立ち返るとは、「プロセスをシンプルにする」ことでもある。
たとえば、スクラムのイベントをすべて律儀に行うのではなく、本当にチームの役に立つものだけを残し、大胆にカスタマイズしていく。
● デイリースクラムは「進捗報告の場」ではなく、「スプリントゴールの達成に向け、
問題を早期に発見し助け合う場」として再設計する
● ふりかえりは、テンプレート通りの進行をやめ、メンバー自身がテーマを設定
できるようにする
● スプリントレビューは、実際の顧客やユーザーからフィードバックを得る場
とする
重要なのは、「なぜやるのか」を問い続けることである。プロセスを守ることを目的とせず、価値を生み出すことに焦点を当てる。
<顧客価値への集中>
もう一つの原点は、「顧客価値への集中」である。
プロダクトバックログを埋めるための機能追加や、KPIを満たすための開発が目的化されたときにチームは疲弊する。自分たちが何のために働いているのか見失ってしまうからだ。
アジャイルの現場では今一度「本当に顧客にとって意味のあることは何か」ということを前面に据える必要がある。
ユーザーストーリーは機能の羅列ではなく、ユーザーの課題やペインを起点に書くこと、スプリントゴールは単なる作業リストではなく「どのような価値を届けるのか」を明確にすること、MVP(Minimum Viable Product)を意識し小さな価値を素早く届けて検証するサイクルを回すといったことだ。「成果物」ではなく「インパクト」を届けるという視点を持てるかが、アジャイル実践の質を左右する。
<継続的改善をチームの文化にする>
最後に、アジャイルの原点であり、最大の武器ともいえるのが「継続的な改善」である。アジャイルとは、完璧な計画を立てて実行することではない。不完全であることを前提に小さな試行錯誤を重ね、少しずつ前進していく営みだ。
●うまくいかなかったスプリントは失敗ではなく、学びの源である
●チームのプロセスも組織の構造も、常に現時点での最適解を探し続ける
●変化を恐れず、むしろ変化を歓迎し、適応する力を育てる
こうした文化が根付いた組織は、たとえ環境が激変しても、うまく乗り越えていける。
<形式を超えてアジャイルの魂を取り戻そう>
アジャイルは、特定のフレームワークを守ることでも、正しい手順をなぞることでもない。本来は、価値を届けるために、変化に対応するために、人と人が力を合わせるための考え方である。フレームワークを使うこと自体は否定しないが、それに縛られすぎると、アジャイルの本質を見失ってしまう。
形式を超え、原点に立ち返る。それこそが、いまアジャイル現場に求められる実践である。
そしてもう一つ、見直すべきは「アジャイルを支える人」の在り方だ。スクラムマスター、プロダクトオーナー、開発者…。これらのロールもまた、形式的に「役割を守る」ことが目的化されてはいないだろうか。
次回は、アジャイルの担い手たちに焦点を当て、これからのリーダー像について考察していきたい。
※このコラムは全4回を予定しています。
株式会社MSOL Digital Agile and Consulting Service Department に勤務。多様なアジャイルプロジェクトの支援を通じて現場に実践的な価値を提供する傍ら、MSOLグループでは独自研修の企画・講師を務め、アジャイルの組織的な定着と普及に尽力している。Agile Japan 2024 登壇者。