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なぜ、今アジャイルなのか
第4回 アジャイルにこそマネジメントが必要だ ー 人間中心の価値創造に向けて
2025.07.11
著者:
株式会社MSOL Digital 鈴木 康一郎
「アジャイルでは、マネジメントは不要ではないか」という声を耳にすることがある。たしかに、アジャイルは自律性を尊重する働き方であり、チーム主導の判断や試行錯誤を重視する。しかし、マネジメント不在のままアジャイルを導入した結果、現場の方向性が曖昧になり、進捗や成果の実感を得られないケースが少なくない。アジャイルとマネジメントは対立概念ではない。むしろ、アジャイルにおいてこそマネジメントの本質が問われている。
<誤解されがちな「マネジメント」と「自律性」>
マネジメントという言葉には「指示命令型」や「上からの管理統制」といったイメージが根強く残っている。一方、アジャイルは「変化への適応」や「現場主導の意思決定」を重視する。こうした表面的な違いだけを見ると、両者は水と油のように思えるかもしれない。
だが、マネジメントの本質はコントロールではなく人と組織を目的の達成へと導くための支援と調整である。不確実性の高い現代において、個人の意思を尊重しつつ、迷走を防ぐための伴走が求められている。自律は放任では成立しない。だからこそ、状況を読み取り、人の関係性や感情の機微に働きかける支援が必要になる。
<フレームワークだけでは動かない>
現場でスクラムを導入したあるプロジェクトでは、すべてのイベントが形式通りに実施されていた。スプリントプランニング、デイリースクラム、スプリントレビュー、レトロスペクティブ──いずれも形は整っていたが、チーム内に本質的な変化は生まれなかった。メンバーの表情は硬く、議論は表面的なものにとどまり、会議体は形骸化していた。
この事例が示すのはフレームワークの導入だけではアジャイルが機能しないという事実である。重要なのはなぜその活動を行うのか、何を目指しているのかという「意味づけ」を言語化し、メンバーの内発的動機と接続させることである。その接点を見つけ調整するのがマネジメントの役割だ。
<アジャイルを支えるマネジメントの役割>
アジャイルにおけるマネジメントは、旧来のように計画を守らせるものではない。主な役割は以下の4点に整理できる。
1.ゴールを明確にし、チームが進む方向性を示すこと
2.心理的安全性を高め、率直な対話を促す環境を整えること
3.状況の変化に応じて柔軟に支援の手を差し伸べること
4.日々の実践から学習を促し、組織的知識として蓄積すること
特に、「心理的安全性」(チーム内で対人リスクを恐れずに発言できる状態)は組織学習の基盤であるとされている。単なる制度設計ではなく、マネジメントが日々のコミュニケーションの中でその空気をつくり出していく必要がある。
<小さな言葉が文化をつくる>
変化を促すには大掛かりな改革よりも、日々の何気ない言葉や行動の積み重ねが効果的である。たとえば、以下のような具体的な働きかけが、チームに変化をもたらすきっかけになる。
●この仕事は、誰にどんな価値を届けるためのものかを明示する
●メンバー同士が安心してフィードバックを交わせる場を設ける
●失敗をあえて記録し、学習材料としてチームに共有する
●日報や朝会を通じて、気づきや学びを言語化する
これらの積み重ねがチームの文化をかたちづくる。アジャイルとは、特定のプロセスを回すことではなく、こうした文化を育てる営みそのものでもある。
<「統制」ではなく「知の共創」へ>
変化の激しい時代にはあらかじめ決めたルールや指示に従うだけでは対応できない。必要なのは現場で生まれる経験や知見を迅速に共有・適応し続ける組織力である。
そのためには、「正解を教える」よりも「仮説を一緒に探る」姿勢が効果的である。誰かが答えを持っているのではなく、メンバー全員が実践を通じて意味づけを行うことが、現代のマネジメントの肝だと言える。
<終わりのない旅を進むために>
アジャイルは完成された手法ではなく、変化に向き合うための姿勢である。マネジメントはその姿勢を保ち続けるための仕組みを整える役割を担う。
重要なのは「どうすればチームがもっと活き活きと働けるか」「今この人にとって、どのような支援が最も有効か」といった視点を持ち続けることである。その繊細なまなざしこそが、アジャイルを形だけの活動から価値ある実践へと進化させる鍵になる。
アジャイルの本質は、目の前の人と丁寧に向き合うことから始まる。そして、それを可能にするのが人と人の間をつなぎ、知を紡ぐマネジメントなのである。
※このコラムは今回が最終回です。
株式会社MSOL Digital Agile and Consulting Service Department に勤務。多様なアジャイルプロジェクトの支援を通じて現場に実践的な価値を提供する傍ら、MSOLグループでは独自研修の企画・講師を務め、アジャイルの組織的な定着と普及に尽力している。Agile Japan 2024 登壇者。