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生成AIが拓くデジタル経営

第5回 プロンプトエンジニアリングの現在地

2025.12.18

著者:

株式会社VIVINKO 代表取締役 井上 研一

 前回はAI活用におけるガバナンス構築について解説しました。組織的な体制が整ったら、次は実際にAIを使いこなすスキルが必要になります。今回は、生成AI活用の基本スキルとされる「プロンプトエンジニアリング」について、2025年末時点で本当に必要なものは何かを見極めたいと思います。

■「プロンプトエンジニアリング不要論」の台頭
 生成AIの普及と共に「プロンプトエンジニアリング」という言葉が広まりました。しかし2024年後半から状況が変わってきています。
 2025年2月、ソフトバンクグループの孫正義氏は「もうプロンプトエンジニアリングはいらない」と発言しました。AIがAIを進化させる時代(AI2AI)において、人間が細かく指示する必要が減っていくという指摘です。
 また、世界初のプロンプトエンジニアリング教材「Learn Prompting」を公開したSander Schulhoff氏も、2025年6月のインタビュー(Lenny’s Podcast「AI prompt engineering in 2025: What works and what doesn’t」)で、「会話型」のプロンプトは不要化が進む一方、「プロダクト実装型」では重要性が増していると指摘しています。
 さらに、2024年12月には梶谷健人氏が、プロンプトエンジニアリング不要論の「主語のズレ」を指摘しました。一般ビジネスパーソンでは不要になる一方、エンジニアには必要という整理です。
 では、プロンプトエンジニアリングは本当に不要なのでしょうか?

■「プロンプトエンジニアリング」という概念の中途半端さ
 実は「プロンプトエンジニアリング」という概念自体が、エンジニアにとっても一般ユーザーにとっても中途半端なのです。
 エンジニアの世界では、AIエージェントやAIシステムを構築する際、プロンプトの書き方だけを考慮しても不十分です。システム設計、API連携、データ処理、セキュリティ、RAG構築など、総合的なエンジニアリングスキルが必要になります。「プロンプトエンジニアリング」は、その一部に過ぎません。
 一般ユーザーの世界では、エンジニアが構築したAIツールやAIエージェントの恩恵を享受するのが基本です。そして、AIモデル自体が進化しているため、複雑なプロンプト技術を学ぶ必要はなくなってきています。


 つまり、エンジニアには狭すぎ、一般ユーザーにとってそれは難しすぎるのです。中小企業でのAI活用を考える場合、多くの登場人物は「一般ユーザー」の立場でしょう。過度にテクニックを追いかけるよりも、日々の業務の中で試しながら身につけていくことを優先しましょう。

■「超優秀な新入社員」としてAIに向き合う
 AIを理解する上で有効な考え方は、「公開されている知識であれば大抵のことは知っている超優秀な新入社員」として捉えることです。
 この新入社員は、一般的な知識や専門知識を豊富に持っています。しかし、あなたの会社の業務プロセスや、具体的な仕事の文脈を知りません。だからこそ、新入社員に教えるのと同じように、必要な情報を伝える必要があります。
 具体的には、目的を明確にする(「この資料は投資家向けのプレゼンで使用します」)、優れたサンプルを見せる(「○○のようなケースでは、以下のような文章が望ましいです。××」)、思考のステップを示す(「まず現状を分析し、次に課題を抽出してください」)といった工夫です。
 これらは特別な「技術」ではなく、人間同士のコミュニケーションと何ら変わりありません。新入社員に仕事のやり方を教える感覚で接すれば、それで充分です。

■対話的に使う場面 vs 一発出しが必要な場面
 では、どのような場面でシンプルな指示で良くて、どのような場面で工夫が必要なのでしょうか。
 対話的に使える場面としては、日常的な文書のたたき台作成(メールの下書き、報告書の構成案)、情報収集や要約(競合調査、業界動向のまとめ)、アイディア出し(新商品のネーミング案、キャンペーンアイディア)などが挙げられます。
 「○○についてメールを書いて」といったシンプルな指示から始め、結果を見て「もっとフォーマルに」とか「具体例を追加して」など対話的に修正していけば、実用的な成果物が得られます。
 一方、一発で成果物を出す必要がある場面では、工夫が必要です。業務システムからのAPI連携で繰り返し使う場合や、専門性の高い業務で高い精度が求められる場合(契約書のレビュー、技術仕様書の作成)などです。
 例えば、顧客からの問い合わせに対する返信文を自動生成するシステムでは、一度のAI呼び出しで適切な回答を生成する必要があります。この場合、回答するための知識や過去の良い回答例を参照できる仕組み(RAG)の構築、回答すべき項目の定義、文章のトーンや長さの指示など、システム全体の設計が重要になります。
 これは、総合的なエンジニアリングスキルが必要な領域です。本連載では第8回で扱う「システム開発型アプローチ」で取り上げますが、単純に「プロンプトをどう書くか」という問題ではありません。
 なお、画像生成AIでは同じキャラクターを維持するなど、まだ詳細な指示が必要な場面も多く、テキスト生成とは状況が異なる点は留意が必要です。

■日常業務での「AIとの付き合い方」のコツ
 基本は「しっかり会話する」ことです。最初から完璧な指示を考える必要はありません。まずシンプルに依頼し、結果を見て対話的に修正していく。この繰り返しが最も効率的です。
 また、AIから質問させる工夫も有効です。指示の最後に「不明点や確認事項があれば質問してください」と付け加えるだけで、AIが必要な情報をユーザーから引き出そうとしてくれます。


 繰り返し使う指示については、テンプレート化も検討しましょう。議事録の要約や週次レポートの作成など、定型的な業務では、効果的だった指示を保存・共有することで、チーム全体の生産性が向上します。ただし、最初から完璧なテンプレートを作ろうとする必要はありません。
 AI活用の初歩である「ツール活用型アプローチ」では、小さく試して、成果を積み重ねることが何より重要なのです。

 次回は「社内の知恵袋としてのAI活用」として、企業内の情報を活用したRAGシステムの実践方法を、Google WorkspaceやMicrosoft 365といった、多くの企業が既に使っているクラウド型の業務ツールを活用する方法も含めてご紹介します。

※このコラムは全8回を予定しています。

コラムの著者
株式会社VIVINKO 代表取締役
井上 研一(いのうえ けんいち)

ITコーディネータとして、2016年からAIを業務に組み込む活動を続けている。生成AI利活用クラウドサービス「Gen2Go」を開発・提供するほか、北九州市ロボット・DX推進センターで中小企業のDX支援に携わる。一般社団法人IT経営コンサルティング九州(ITC九州)の理事や、特定非営利活動法人ITコーディネータ協会生成AI研究会のリーダーも務める。

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